〔九十九里 の由来(頼朝伝説)〕

 源 頼朝が、源平最初の合戦、石橋山の戦いに敗れ、海路房州の勝浦に上陸後、戦力を蓄えようと房総の地を遍歴した。たまたま九十九里浜にさしかかった際、六町を一里に数えては浜に矢をさし、飯岡まで着いたとき、九十九本目で浜がつきたという伝説が残されている。九十九里には各地にその証として「矢指神社」が点在する。

〔海を越えたつながり・地名〕
 千葉県の旧地名は、南総の方から「安房」「上総」「下総」と呼ばれていた。東京に近いほうが 下、南総に近いほうが 上 というのは変な感じがするが、如何に海運に頼っていたかを示す根拠のひとつである。
郷里を離れて、その地に定住した人は、故郷の名をその地に関することも多い。下表のように共通の地名を冠することもある。また九十九里町「片貝」の地名は、紀州(和歌山県)の「加太浦」の漁民が進出してきた新開地、すなわち加太の新(新しく開いた土地)という意味から「加太開」→「片貝」と変遷したと伝えられている。

  紀州(和歌山) 房総(千葉)
かつうら 那智勝浦町 勝浦市
しらはま 南紀白浜 安房郡白浜町
たご 西牟婁郡すさみ町田子 安房郡鋸南町田子
のじま 御坊市野島 安房郡白浜町野島崎
めら 田辺市目良 館山市布良
その他(関西方面) 房総(千葉)
あわ 阿波、安和 安房
なにわ、なみはな 浪花、難波、浪速(なにわ) 浪花(なみはな)
〔海を越えたつながり・産業・食〕
更に醸造業に関して言えば、千葉県は紀州を祖に持つ醸造業者も多い。醤油(キッコー萬、ヤマサ、ヒゲタ)、味噌、酒の技術は紀州の船団により伝えられたと言われている。また千葉県は、関東灘(かんとうなだ)と呼ばれるほど、酒造りが盛んで、その名も西(関西)を意識した「東灘(あずまなだ)」「東薫(とうくん)」「浪花盛(なにわさかり)」がある。

また食品に於いても 千葉の鯨を食する習慣等もこれにのってきたとされている。
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